今回は九州大学病院アジア遠隔医療開発センターで講師を務める工藤孔梨子先生に、「医療・看護業界でのキャリア形成」についてインタビューをさせていただきました。医療者の国際化や、情報通信技術の活用、デザイン思考教育開発を研究されている工藤先生に、医療・看護業界における今後の予測とキャリア形成についてお伺いします。
現在の研究されている分野・具体的なご活動内容について
インタビュアー改めて、今回のインタビューをお受けいただき誠にありがとうございます。はじめに、現在力を入れていらっしゃる研究テーマやプロジェクトについて教えてください。



力を入れて取り組んでいるテーマが2つあります。1つ目は遠隔医療の研究です。私が所属しているアジア遠隔医療開発センター(TEMDEC)では、世界の医療施設とオンラインでつないで、医療者教育を実施しています。私はその技術支援を行っています。
近年ではこれまで技術者が必要だった医療ライブデモンストレーションやストリーミング配信までも医師や研修医が実施するケースも出てきており、技術研修のニーズも高まっています。そこで、これまで技術研修を一緒に進めてきたマレーシアやインドネシア、インドの技術指導者と一緒に、遠隔医療技術に関するeラーニング教材を開発しています。



もう一つはどのようなテーマでしょうか?



もう一つが私の元の専門のデザインと、今の専門である医療者教育に関連した「医療とデザインを融合した教育プログラムの開発」です。
九州大学芸術工学府と、医学部、そして九州大学病院の学生・教員・医療スタッフが一緒になって、「デザイン思考」という課題解決手法をベースに、医療の課題解決に取り組む教育プログラムを実施しています。



遠隔医療や国際医療教育の分野で、どのような技術やネットワークづくりを推進されていますか?



TEMDECでは2002年からインターネットと映像音声技術を使って、オンラインでの医療者教育を実施してきました。
活動当初は、高品質の映像配信を実現するために、医師だけでなく様々な国の情報通信技術者と連携して映像音声・ネットワークのセットアップやトラブルシューティングを行いながらこの活動を実施してきました。
しかし、2010年頃になると一般のオンライン会議システムの活用が増え、圧縮技術の革新や世界の情報通信インフラが整備され、さらに2020年頃からはコロナ禍の影響もあり、さらに一般に広まりました。
現在はカンファレンスやウェビナー、ライブ配信などの機会も増えてきましたので、これまで連携してきたアジアの技術者たちは、各国で遠隔医療のリーダーのような立場で技術支援をしています。現在では彼らと連携して、教材開発を進めています。



医療とデザインを融合した教育プログラムの開発とは、どのようなことでしょうか?



毎年当院の1診療科・部署と連携し、病院見学をして、課題の抽出からアイデアの発想、アイデアの試作を行い、実証・評価を行っています。昨年は小児外科と連携し、手術前の子供の環境の改善をテーマに取り組みました。



具体的にどのような試みですか?



小児患者にとって入院や手術は何をされるのかわからず、不安な体験です。このため、プレパレーションという処置内容の説明が行われていますが、これも看護師さんの時間的余裕などが原因で、実施が難しいとされていました。
そこで本プログラムでは、小児患者が主体的に治療と向き合い、親子や医療従事者との自然なコミュニケーションを促し、入院体験を前向きに変えるデザインが考案されました。
学生は、医療機器をキャラクターとしてデザインし、実際の処置室からキャラクターを探すゲームや、ご褒美カードを含めたサービスデザインを制作するのです。
このアイデアを学会やコンペなどに応募し、第10回・医美同源デザインアワードで学生ながらも大賞を受賞しました。



先生の研究や活動が、現場の医療者や患者さんのキャリア・生活に役立っていると実感されるのはどの瞬間ですか?



本プログラムを通して、デザインとの連携ニーズは、医療現場で非常に高いことを実感しています。
このプログラムを始めた当初は、まだ海のものとも山のものともわからない状況であったため、基本的には私から声をかけて実施していたのですが、5年ほど続けていく上で、今では複数の診療科から、参画したいというリクエストをもらうようになりました。
医療とデザインの融合は、国際患者の対応や、業務フローの改善、または学際的な研究テーマなど、様々なテーマを進めていける機会となっています。
また、学生さんにとっても、医療現場の実際の課題に学生のうちから取り組み、自身が制作したものが現場に使用されることや、現場の方に評価を頂けるという機会は非常に貴重であるというフィードバックをいただいています。
研究者としてのこれまでのご経歴・キャリアパス



研究者・教育者としての現在のキャリアに至るまで、どのような経緯や転機がありましたか?



その時々で興味を持ったことに取り組み、色々なご縁で今に至ります。
私は、高校生の時に映画を作ったことをきっかけに、国立で唯一のデザインの単科大学である九州芸術工科大学(現九州大学芸術工学府)画像設計学科に入学しました。
もともと研究者志望ではなかったのですが、研究室の先生の勧めで大学院に進学しました。大学院では、歌舞伎のデジタルアーカイブの研究をしていましたが、それも親戚の歌舞伎役者に相談し、舞台裏を取材をさせてもらったおかげで進められました。



現在のキャリアに至ったきっかけはありますか?



現在のキャリアに至ったのは、博士取得後にTEMDECの技術者募集に応募したのがきっかけです。世界の様々な病院をつないで医療格差に貢献する遠隔医療という仕事が、ユニークでやりがいがありそうだと思いました。
技術者としての雇用でしたし、デザイン出身である自分が医療分野で研究ができるとは全く思っていませんでしたが、業務を進めているとデータベースの開発、技術研修など、新しいことが出てきたため、研究に取り組むようになりました。
何年も医療分野で働く中で、デザインとの連携をより進めていかねばならないと感じるようになり、5年ほど前から、医療とデザインの連携教育に着手しました。



ご自身の人生やキャリアの分岐点で、大切にしてきた価値観や考え方は何でしょうか?



これまでを振り返ると、「とりあえずやってみる」ことや「前例を気にしない」ように動いたことが功を奏したように思います。「博士を取得したから、教員か研究職だ」という考えに固執していたら、今の私のキャリアはありません。
違う分野や前例がないことには、新しい発見やニーズがあるのかもしれませんね。すごく大きくて、自分には到底取り組めなさそうな仕事があったとしても、少し取り組んでみると、全体像が掴めることがあります。
逆に、前例をあまりに気にしてしまうと、新しいことができなくなるようにも思っています。何か新しいものを作らないといけない時に、たたき台があると、それに影響されてしまって、そこから大きく逸脱できないことがあります。
そういう時には一旦忘れてゼロから考えてみるようにしています。



芸術工学のバックグラウンドを活かして医療分野に関わるようになったきっかけを教えてください。



自分が医療分野に入った時はむしろ「芸術工学のバックグラウンドを”捨てて”医療現場に関わった」という感じでした。今思うと、それがよかったのだと思います。
求められていたのは、「遠隔医療の技術者」であり、「芸術工学の専門家」ではなかったからです。最初の5年くらいは仕事を覚えたり、こなしたりすることで精一杯でしたし、子育ても始まったので、必死でした。
でもそうやって、医療現場の視点を働きながら獲得したことが、いま進めている「医療とデザインを融合した教育開発」に役立っていると思います。



異なる分野で成功するための秘訣はありますか?



異なる分野を結び付け、継続的な活動を成功させるためには、両者のメリットとデメリットを見極めてwin-winの関係を見出していかないといけませんが、浅い関わりでは本音まで理解することは難しいと思います。
自分の場合、元の専門であるデザインを捨てて、医療に飛び込んだことで、むしろ医療の分野から必要なデザインについて見えてくるようになり、それがデザインという自分のバックグラウンドを活かすことにつながったと思います。
キャリア形成と意思決定に関する知見



医療職や研究者がキャリアを築くうえで、「国内だけでなく国際的に活躍する」という視点を持つことの意義について、どのようにお考えですか?



ご自分のキャリアを考えるというときに、その考えが知らず知らずのうちに限定されてしまうとすれば、それはもったいないことだと思います。視野は広いに越したことはありませんよね。
「国際」についても同じだと思います。私の所属する国際医療部や、遠隔医療で一緒に働いている人たちには、国際的に活躍されている医療関係者が多くいます。
外国に呼ばれて現地のチームと一緒に診断や治療を指導したり、国際学会で海外の多くの医者にライブでデモンストレーションをしてみせたり、アフリカやアジアの発展途上国の医療支援を行っている先生もいます。
医療ってすごいなと思うのが、どんな国でも地域でも必要だという点です。
もし機会があればぜひ海外に行ったり、海外の方と交流してみてください。新しいきっかけがあるかもしれません。
看護職でキャリアチェンジを考えている方へのアドバイス



医療・看護業界でキャリアを考えている若い世代に向けて、どのような視点や準備が必要だと思われますか?



医療のお仕事で、特にすごいなと思うのがコミュニケーションスキルです。スタッフの方皆さん、「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」をしっかりされていていつも感心しています。
様々な医療スタッフが協力し、チームで業務に当たるためにとても必要なことですよね。もう一つは日々進化しているということです。
医療知識やスキルも日々新しいものが開発、導入されていますし、オンライン診療など、新たなサービスの提供も進められています。医療を取り巻く環境がこんなに変わるということは、現場のルールやスタッフの知識も状況に合わせて調整していかないといけないということだと思います。
適応能力がとても求められる仕事なのではないでしょうか。



今後の医療現場では、遠隔医療やデジタル技術を使いこなす力が求められると思いますが、これからどのようなスキルを身につけると良いでしょうか?



最低限、医療職を含めすべての人には情報・科学技術のリテラシーは必要だと思います。適切な情報源から正しい情報を収集して活用する、情報を加工してわかりやすい形にまとめる、様々なデバイスを適切に用い、管理するといったことです。
特に、重要な判断が求められる医師については、誤った情報にしたがって判断をしないよう、エビデンスを見極められることが求められると思います。
新しい技術やサービスの導入時には、技術要件を含めその実用可能性を医療者が判断しないといけないと思いますので、関連ポリシーやガイドラインについても知っておく必要があります。
技術、医療などの専門家同士のコミュニケーションというのも、背景に持つ知識が違うため時に問題となります。医療者以外の人との交流関係を築いておくことも重要ではないでしょうか。



最後に、これから医療分野でキャリアを築こうとする方へのメッセージをお願いします。



多様な地域、都市、海外、様々な診療科、職種など、医療には色々な働き方とキャリアがあり、とても魅力的な仕事だと思います。忙しいですが、やりがいを感じられるお仕事が多いと思います。
今後新しいサービスの導入に伴い、新しい職種もできる可能性があると思います。世界に目を向けたり、医療以外の人とも関わり視野を広げながら、目の前の業務に前向きに取り組んでいけたらいいなと思います。



今回はとてもためになるお話を聞かせていただきありがとうございました。視野を広げて新しいきっかけを大切にする、目の前の業務に前向きに取り組むことが大切だということがわかりました。
九州大学病院国際医療部アジア遠隔医療開発センターの基本情報
今回インタビューにご協力いただいた先生は、九州大学病院で講師を務められている工藤孔梨子先生です。
| 名称 | 九州大学病院国際医療部アジア遠隔医療開発センター |
|---|---|
| 所在地 | 〒812-8582 福岡市東区馬出3-1-1 |
| ホームページ | https://www.temdec.med.kyushu-u.ac.jp/ |

